

佐賀錦との初めての出会いは、慶応大学4年のとき、従妹に誘われて少しかじったのが始まりでした。その後、結婚や育児に追われましたが、30代半ばに再び鎌倉で佐賀錦と巡り会い、本格的に向き合うことになりました。
しかし次第に、従来の材料やデザインに物足りなさを感じ、京都の問屋を巡り自分が納得できる材料を探すようになりました。はじめは相手にしてくれなかった問屋のご主人たちも、度重なる私の訪問と熱意に同情してくださり、私のよき理解者に。無理なお願いも沢山聞き届けてくださいました。道具の竹製のヘラは80年ものの竹を分けていただき、ナタ、カンナ、ナイフで使いやすいヘラを作りました。おかげで手は荒れ放題。今となっては良い思い出です。織台は生徒さんのご主人が素晴らしいものを作ってくださいました。今同じものをよそで作ってもらおうと思っても、無理だと言われます。その方には心から感謝しています。
デザインの面では、国内は勿論のこと、海外の美術館、博物館、寺院なども多く訪れ、完成を磨くように努めました。また、従来の佐賀錦の小模様が中心のデザインから、飛躍した大きな柄を考え図案化するのは、容易なことではありませんでした。そんなこんなで、なんとか自分が満足のいく現在の桐世織に辿りつくことができました。紆余曲折はありましたが、30年間よく続けてこられたと思います。
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2009年末、腹部に痛みを感じ診察を受けたところ、血液がんの一種である悪性リンパ腫瘍を宣告され、一年間治療に専念しました。その間、病床で自分の織物を多くの方々に見ていただけるような形で残すには一体どうすればいいのか、沢山の作品を織り上げた満足感や達成感を得るにはどうすればいいかを考えました。その結果、作品集を出版することにしました。また、娘にこのウェブサイトを作成してもらいました。
皆さまに私の作品を見ていただけて大変嬉しく思います。そしてこれからは、病と上手につき合いながら今までは表現できなかった命の尊さや思いやりを、作品を通して表現できればと願っています。最後に、ここまでやってこられたのは多くの方々や家族の助けがあってのこと、心から感謝いたします。